割と昔…俺が15歳の時の冬の話だ。じいちゃんっ子だった俺は長い休みになるとよく一人でじいちゃんの家に帰省してた。じいちゃんは俺が生まれる前にばあちゃんを亡くし、独り暮らしを続けていた。一人っ子だった孫を可愛く思ってくれていたんだろうか、独り故の寂しさからか、俺がじいちゃんの家に行くといつも朗らかな笑みを浮かべて歓迎してくれた。 ある日、いつものように帰省した俺はじいちゃんから物置小屋の掃除の手伝いを任され、せっせと手を動かしている時だった。手に持っていた少し大きな箒を誤って物置小屋の後ろを占めている横幅の広い寂れた古い棚に思いきり当ててしまったのだ…まずい!壊してないよな…じいちゃん怒ると怖いんだよなー…とこれから起こることを想像する。 すると、棚の上から一枚の白黒写真が落ちてきた。手にとって見てみると、そこには白い花嫁装束を身に纏い、綺麗なものの、どこか無機質な表情の女性が佇んでいた。一体誰なんだろう、そう思っているうちに気味が悪くなり、物置小屋から出ようとした刹那、急に体が動かなくなり…何故だか意識が次第に遠のいていく感覚を覚えた…言いようもない孤独感や寂寥感が襲ってくる。ほどなくして倒れる直前、視界の端にはあの花嫁装束の裾がなびいていた…写真で見た純白な白ではなく…底の見えない黒に覆われて そうして…どれくらい気を失っていたのだろうか。そうして意識を取り戻した俺は、他の人より少しだけ高い世界を見ているような懐かしい景色が目に入ってくるのに気が付く。ああ、じいちゃんの背中だ… じいちゃん「◯◯!?よかった…大丈夫か?半日ずっと寝ておったけぇ心配したわ…はよう気付いてやれずすまんかったの…」 謝ってくるじいちゃんはの顔は今まで見たことがないくらい緊張で強張っていたのを覚えている。そういえば、ここはどこなのだろう?じいちゃんはどこへ向かっているんだ?暗い森のような場所で異様な雰囲気の中、聞いてはいけないような気がして…聞けなかった。 しばらく進むと、何軒かの小さな家が集まった集落?のようなものが見えてきた。 じいちゃん「お前には言っておらんかったがの…儂はかつて若い頃、ここで暮らしていた」 そうして、じいちゃんは俺が倒れてからのことをぽつりぽつりと、話し始めた。 物置小屋で倒れていた俺を発見したとき、何か昔の着物の染料のような独特な香りが小屋を漂っていたらしい。そうして、俺の手中にあった写真を見て、すぐさま事の顛末を悟り、俺を連れてこの集落へ駆けつけたようだった。 じいちゃん「今日はな、ばあさんが死んでから丁度20年目だからの、呼んでるんだよ」 そうしてじいちゃんはその集落のうちの一つの家へ行き、躊躇いもなく中へ入っていった。俺も震えながらじいちゃんの後ろに続いた。床がミシミシと音を立てる。中はかなり埃っぽかったがじいちゃんはそんなに気にしておらず、ズカズカと中へ入り、しばらく歩くとそうして仏壇のある小さな部屋へ入った。 俺は目を疑った。そこには写真で見たような花嫁装束で身を包んだ美しい女性が座布団の上に腰を下ろしていた。装束の色は相も変わらず黒ずんでいたが。 じいちゃん「やっぱり呼んどったんか。春河…こうして直接会えるのも、葬式以来じゃの。」 そうしてじいちゃんは彼女へ歩み寄り、めいっぱい抱き締めていた…「ずっと…会いたかった」その姿は、二人が長年連れ添った夫婦だということを感じさせるには十分だった。いつしか、暖かい空気が部屋を優しく漂っていた 。 その女性、俺のばあちゃんに当たる人は涙を浮かべてじいちゃんを優しい眼差しで見つめている。じいちゃんと何やら話しているようだが、うまく聞き取れない。すると、ばあちゃんは俺の方を優しく見つめてきた。頭の中に、か細くもよく通る声が響いてくる。 ばあちゃん「坊、初めまして。さっきは驚かせてごめんねぇ…話をしたかったんだけど、坊には私の存在がまだ重かったのね…実はね、伝えたいことがあって来たの…坊、あなたはね、私達みたいな存在…所謂、霊魂を引き寄せやすいのよ。良いものも悪いものもね。だから私の写真が落ちてきた棚があったでしょう?その一番上の小さな引き出しにある御守りを持っていて欲しいの。きっと坊の助けになるからね。いい?何があっても御守りを肌身放さず持っていてね…それじゃあ…あなた、坊…会えて嬉しかったわ。いつでもあなた達を見守っているわ。ああ、それとお母さんによろしく伝えておいて」 そう言い残すとばあちゃんは暖かい空気と共に跡形もなく消えていった。そうして、俺とじいちゃんはこの集落を後にした。車の中でじいちゃんは泣きながら、ばあちゃんと過ごした日々を語ってくれたのを未だに憶えている。その後、ずっと引っ掛かっていた黒い花嫁装束についてじいちゃんに聞いた...