私の教室は校舎の三階。 うっかり忘れ物をしちゃって、 雨の中を今から取りに行くところなの。 先生に見つかると、いろいろ言われそうだから、裏の将校口からそっと中に入った。 「いやだ、もう!」 クモの巣が張っていた。 私は手にしていたビニがさでクモの巣を 払い、近くにあった誰かの上履きで、そのクモをパンと叩いた。 「うわっ、気持ち悪い」 まさか、こんなにグチャとつぶれるとは思っていなかったのでちょっとびっくり。 いやいや、今はそれどころじゃない。 急がなくちゃ。 「あらっ、何だろう......」 気のせいか、廊下にうっすらもやがかかっているような気がする。 ゆっくりと階段を上がった。 確かに、もやがかかってる。 そして階段が上がるほど、そのもやが濃くなっていく。 「何かわからないけど、早く取っていこうっと」 何となく、いつまでもここにいない方がいいような気がしたの。 三階に上がると、もやは、いっそうひどくなってた。 「まさか、何かが燃えてるわけじゃないわよね。別に匂いはしないし」 私は小走に自分の教室へ飛び込んだ。 四年二組。 ここが私の教室。 「ええと、ノートは......。 あったあった。これで先生に注意されずにすむわ」 何たって、私の先生は怖い。 本名は石橋先生なんだけど、あんまり厳しいので、みんなからビシバシ先生って呼ばれてるくらいだから。 忘れ物のノートを小わき抱えて、私はゆっくりと階段を降りる。 二階、一階.......。ん? 将校口がない。 あれっ、ここまだ二階だったっけ。 考え事をしながら降りたから、勘違いしちゃったみたい。 もう一階分の階段を降りる。 「えっ、うそ.....」 ここにも将校口はなかった。 その代わりに、まだ下へ続く階段があった。 「どういう事?どうして将校口がないの?」 早足で階段を降りる。 ここにもない。 どうして.....。 「やだ、私。頭がどうかしちゃったのかなあ」 また降りる。 それでもやっぱりあるのは、下へと続く階段だけ。 「落ち着け落ち着け」 「じゃあ、今度は教室へ戻ってみよう」 胸のドキドキを押さえながら、階段をかけ上がる。 けれど、上がっても上がっても終わりはなかった。 わけがわからなくなって、私は階段の途中じゃがみこんだ。 「そうだ。外を見れば、ここが何階かだいたい分かるかも」 私は近くにあった窓にへばりつき、そこから外を見た。 「なにこれ......」 さっき、校舎の中で見た〝もや〟が、一面に立ちこめている。 五メートル先も見えやしない。 真っ白な世界に閉じ込められてしまった。 「そうだ!職員室!」 先生に助けてもらおう。 職員室は二階だから、そこなら何とかたどり着けるかもしれない。 「あった!職員室だ!」 私は思わず涙が出そうになった。 「先生!」 ガラッと入り口を開ける。 しかしその中は、またにしてもあの真っ白な〝もや〟に包まれていた。 シーンと静まり返った職員室に人の気配はない。 ガックリとひざをつく。 だけどいつまでもそうしているわけにはいかない。 走って階段を降りた。 泣きながら、全速力で降りた。 何段も、何段も........。 「えっ、あれって何だろう」 体中が汗でびっしょりになったころ、私の足がピタッと止まった。 階段がなくなっている。 いや、下の方が闇に吸い込まれているんだ。 「ハッ、今のは?」 確かに聞こえた。 人のうめく声だ。 ゆっくりと階段を降りる。 するとその階段が、真っ黒な沼のようなものの中に沈んでいる事が分かった。 「一体私、どこへ来ちゃったの?」 思わず戻ろうとしたけれど、足が動かない。 足元をみた。 すると私の足には、クモの糸のような細いものがからみついてた。 と、その時だ。 「キャーッ!」 悲鳴をあげて逃げようとしたけど無駄だった。 すでに何本もの手が私の足首をしっかりつかんでいて、今にも沼の中に引きずりこもうとしている。 「いやっ、いやあ!」 いくら叫んでも、誰も助けてはくれなかった。 私の体がズブズブと沼の中に引きずりこまれていく。 「どうして?どうして私がこんな目にあわなくちゃならないの!!」 すると、もう胸のあたりまで沈んでしまった私の前に、黒い服を着たおばあさんがふっと浮かんだ。 (し、死神?) 【クックックッ、その通り。あたしゃ、死神だよ。何だって?どうしてこんな目にあうのかって?そりゃあんた、自分の胸に聞いてごらんよ。ほら、思い当たるところあるだろう。ヒッヒッヒッ】 何もしていない。 と言いかけたところで、私の体はすっかり沼の中に引きずりこまれていた。 ...