俺の地元にはS丘陵という、そこそこ有名な山林地帯が広がっていた。3県にまたがっているので、面積も結構広い丘陵地帯だった。 大学生のころ。俺と友人Aはその丘陵地帯のすぐ麓に住んでいたので、暇さえあればバイクで山の中に入り、オフロード走行を楽しんでいた。 (これはそんな俺たちがある夏に体験した話です。幽霊とかではないのですが、当時はかなり衝撃的な出来事だったので思い出し、綴ります。お暇な方だけお付き合いください。) ある夏の夜。 俺たちはいつものように山の中をバイクで走っていた。 昼間は散歩している人もいるので、山の中を走るのはもっぱら夜だった。 時刻が夜中の12時になろうかという頃。 俺とAはようやく山を下り、山道の入り口の脇にある小さな駐車スペースにバイクを停め、エンジンを切って、バイクにまたがったまま一服していた。 真っ暗で、一個だけある街路灯がぼんやりと周囲を照らしているだけであった。 山からは虫や、たまに何らかの動物の鳴き声が響いていた。 Aは山に背を向けてこっちを向いて立っており、俺はそのAと他愛無いお喋りをしていた。 その時不意に、Aの背後の山のほうに何らかの気配を感じた。 でも山は真っ暗で何も見えない。 気のせいだろうと思い、Aとそのままくだらない話を続けていたその時、 突然Aの背後を背の高い人間が通り抜けた。 俺は思わず絶句し、目を丸めて固まってしまった。 ゾゾっと全身を鳥肌が覆った。 足音もまるでなく、突然山の中から出てきたその大きな人間は、お喋りをしている俺たちを一瞥もせずに、無言のままAのすぐ後ろをゆっくり歩いて通り過ぎたのだ。 驚愕の表情で固まった俺の視線を追って、Aもその人間に視線を向け、同様に硬直した。 その人間はそんな俺たちを意に介さず、そのまま町のほうへ向かってゆっくりと歩いている。 その姿が街路灯にぼんやり浮かび上がったとき、俺はますます恐怖に固まってしまった。 その姿は、とにかく異様だったのだ。 頭の先からつま先まで、継ぎはぎだらけの茶色い布のようなもので覆っていたのだ。 顔も布に覆われ、性別も分からない。ただ背の異様に高い人間であることは確かだった。 その人間はゆっくりと、体を左右に揺らしながら歩き続けている。そうして、猫背気味のその背中はやがて闇の中に姿を消した。 「・・・・・・・・今の、人間だよな? 幽霊とかじゃ、ないよな」 「・・・・うん、だと思うけど。あんなにハッキリ幽霊って見えないだろうし」 俺たちは死ぬほど驚き、ビビっていた。 突然真夜中の真っ暗な山の中から全身布に覆われた無言の大きな人間がすぐ横に現れたら、誰だって恐怖を感じるはずだ。 幽霊なのか生きてる人間なのか、それすらわからず、俺たちはその場からしばらく動けずにいた。 「・・・行ってみる?」 Aが言った。町の方へ姿を消したさっきの人間を追うか?と。 いずれにしたって俺たちも町の方へ帰らなきゃならない。俺たちは恐る恐る先ほどの人間が姿を消した道へ向かってバイクを走らせた。 しかし結局その後その人間を見ることはなかった。 「その日は」の話だが。 それから2週間ほど経った夜。 Aから「今すぐ来い!」と電話が入った。 「あいつを見た」と言う。「あいつ」とは当然、2週間前に突然山の中から現れたあの布に覆われた大きな人間のことだ。 あの日以来俺たちは「あいつ」のことを「山男(ヤマオ)」と勝手に呼んでいた。 俺はバイクを飛ばしてAの指定した場所へ向かった。 Aとは近くのコンビニで合流し、Aが山男を見たというその場所へ向かった。 それは前回山男に遭遇した山の入り口からほど近い、畑に囲まれた農道だった。 Aがバイクで走っていたところ、山男がその道を歩いていたのだと言う。 例によって全身を継ぎはぎの薄汚い布で覆っており、表情はおろか性別すら分からない状態だったそうだ。 そしてAが言うには、山男は農道に停まっていた軽トラックに乗り込んだのだと言う。 俺たちがその農道にたどり着くと、果たしてそこにエンジンの切られた軽トラックが一台、ぽつんと停車していた。 「あれだよ。あの中に乗るとこ見たんだ」 俺たちは離れたところにバイクを停め、そっと軽トラの様子を窺った。 暗闇の中、静まり返った白い軽トラのボディ。荷台には木の枝のようなものがこんもりと載っていた。 そのまましばらく見ていたが、山男が出てくる気配も、車が動く気配もない。 「動かないね」 「もしかしたらもう車の中にはいないんじゃないの?」 その可能性が高かったが、車のそばまで行って様子を見る勇気はなかった。 結局その日はそのまましばらく変化がないことを確認し、解散した。 山男の車は軽トラ。ナンバ...