「こう見えて私、若い頃は悪趣味でしてね」 Nさんはそう言って、少し下品に笑った。 「縁日のゴキブリのおもちゃとか、ホラー映画の不気味なポスターとか、そういう物を家に飾って、遊びに来た人を驚かせるみたいなね」 ある時、Nさんは会社の慰安旅行で東南アジアの某国を訪れた。いつものように、現地の “悪趣味な” 土産を探していたところ、路地裏の薄汚い屋台で、それを見つけたという。 「悪魔の人形です。顔は牛に似ていて、頭に角が一本、縮れた長い黒髪で、全身は緑色。怖いというより気色悪い悪魔でしたねぇ」 Nさんがそれを買おうとすると、老店主が真顔で忠告をして来た。 「この人形は、呪いの人形だと言うんです。持つ物を不幸にする本物の悪魔だと。だから、呪いたい人にプレゼントするものであって、自分で持っていては絶対にダメだよと」 よくある脅し文句だと思い、Nさんは特に気にせず、それを購入した。 手に取ってみたその人形は、見かけよりも軽く、ゴワゴワとした変な感触だったという。 「ところが、帰国してすぐ、家族に嫌なことが相次いだんですよ」 まず、息子が原因不明の高熱を出し、三日間寝込んだ。 その翌日には、妻が料理中に包丁を落とし、足の甲に突き刺さって出血した。 さらに数日後、娘が交通事故で腕を骨折した。 「偶然だと思ったんですが、あまりに連続したため、家族は、悪魔の人形の呪いだと本気で言い出しました」 Nさんは、なおも自室に人形を置いたままでいたが、ある夜、Nさん自身が悪夢を見て金縛りに襲われた。 夢の中でNさんは、恨めしい顔をした大勢の人間から首を絞められていたという。 「叫びながら飛び起きて。ふと見たら、棚の上に置いてあったはずの人形が床に落ちて、こちらをジーっと見ていたんです」 その時の人形の表情は、笑っているようにも怒っているようにも見えたとNさんはいう。 さすがに気味が悪くなって、翌朝、Nさんは人形を捨てることにした。 「何だか無性に腹が立って来てね。何が呪いの人形だ、何が悪魔だ、我が家を呪うなんて許さんぞ、死ね、お前なんか死ね。そう思って」 Nさんは衝動的に、人形の胴体をハサミで真っ二つに切断した。 「そうしたら、中から大量の髪の毛が出て来たんです。人間の髪の毛が」 黒い毛、金髪の毛、縮れた毛、長くつややかな毛がぐしゃぐしゃに絡み合っていた。 Nさんはビニール袋に人形と髪の毛を放り込み、ゴミ収集所まで走って投げ捨てた。 家族への不幸な出来事は、それ以来、ピタっと止んだという。